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2012年5月20日 (日)

集団療法におけるウォーミングアップ術 ―じゃんけん編―

集団療法におけるウォーミングアップ術 ―じゃんけん編―

メンバーの緊張をほぐし、集団の雰囲気を和ませるために、まずウォーミングアップを行ないます。そのウォーミングアップのあれこれを思い付くままに紹介したいと思います。ウォーミングアップ法の中には、例えば、親子のコミュニケーションにも使用できるものや、プレイセラピー、あるいは教育などに応用できるものが多々あります。気の向いたときに、ランダムに紹介してゆきますね…。

◆じゃんけん遊び

これは宴会のプレゼント抽選のときなどに行なわれることが多々見受けられるものです。やり方は簡単です。基本的にはリーダー1人とメンバー全体が「じゃんけん」をするというゲーム感覚のウォーミングアップ法です。椅子から立ち上がり、リーダーとメンバーが、片手を挙げて「じゃんけんポン」の合図でいっせいに「じゃんけん」をします。賑やかで緊張も少なく、仲間意識を高めることができます。
通常は、リーダーに勝った人と「あいこ」の人だけ残って、負けた人は椅子に座るという形式を取ります。テレビ番組などで多くの観覧者を相手にする場合は、音頭を取る芸能人に勝った人だけ立ったまま残らせて、負けた人と「あいこ」の人は椅子に座らせますね。早く決着を付けたい場合はそれでもいいと思いますが、通常、グループワークは10人程度で実践する場合がほとんどなので、負けた人だけ椅子に座らせるというスタイルを取るのが一般的です。

この「じゃんけん」を更に展開させ、メンバーの中から誰か音頭を取ってやってみたい人を募って、その人とスタッフを含めたメンバー全体が「じゃんけん」をするというのも考えられます。ただ、「自分はじゃんけんが弱い」と思い込んでいる人や、あまりにも負ける場合が多い人がいるときなどには、そのメンバーの傷つきを避けるために、リーダーは機転を利かせて、雰囲気を作り直したり、今度はルールを変更して、『負けるが勝ち』というように、今度は「じゃんけん」に「負けた人が勝ち」というふうにしてみるのも、ゲームを楽しいものにするために有効です。この「じゃんけん」に負けた人が勝つという逆パターンのウォーミングアップ法のことを『負けるが勝ちじゃんけん』と呼びます。

また、せっかくですから、最後まで勝ち残った人には、例えば、綺麗なカードや、ちょっとしたお菓子、あるいは『拍手のシャワー』といったような、ユーモアのあるプレゼントを添えると、メンバーのモチベーションも高まります。

個人的なことを言えば、私は文房具屋さんで売っていたメモ帳くらいの小さな『表彰状』(何枚も綴ってあったので、それを準備しておくと何回も使うことができて便利でした)を、こういうようなゲームのプレゼントにしていました。
「表彰状…。あなたは○○において、並み居る強豪に打ち勝ち、最後まで勝ち抜いたという偉業を成し遂げました。なので、ここに表彰状を贈ります。おめでとうございます!」などとユーモアたっぷりに言葉を添えて、その小さな表彰状を渡しました。もらった人も嬉しいですし、それを受け取る様子を、まわりの人たちから笑顔で拍手して祝福してもらうことで、集団の仲間意識を高めることができました。こうしたゲーム感覚のウォーミングアップをするときは、リーダー自身が「遊び心」を持って楽しむことが大切ですね。

表彰状の贈り方についても、1等賞には「がんばったで賞」、2等の人には「もう少しだったで賞」というようにしてユーモアを交えることも面白い工夫です。

気軽にできるウォーミングアップ法として、『身体でじゃんけん』というものもあります。これは身体を動かして2人ペアで「じゃんけん」をして勝ち抜き戦をするゲームです。例えば、両足を軽く揃えたままで相手と対峙します。そして「グー」は足を揃えたまま、「チョキ」は片足を前に出す、「パー」は横に足を広げる、というように身体のポーズで「グー」「チョキ」「パー」を表現します。「じゃんけん…」とお互いに掛け声をかけながら、ちょっと飛び跳ねて、瞬間的に自分が考えている「じゃんけん」の型のポーズを取ります。負けた人は椅子に座って、残った人でそれを続けてゆき、最後まで残った人がチャンピオンというゲームなのですが、身体を使った「じゃんけん」自体が面白いので、勝ち負けに関わらず、それを何回か楽しむというやり方も考えられます。

また、よく高齢者施設などのデイケアで行なわれる頭の体操の一種なのですが、メンバーが両手を前に突き出し、リーダーの掛け声に合わせて、「チョキ・パー・グー」「チョキ・パー・グー」というように声を出しながら、両手でその「じゃんけん」の形をリズミカルに作るという運動もあります。途中から順番を変えて、「パー、グー、チョキ」にしたりするなどして変化を付けると、よりいっそう効果的な頭の運動になります。指先の運動は「脳」にとって良い効果があることは知っていますよね。やってみると結構難しいですよ…。

最後に、ウォーミングアップなど集団療法の活動の原則を記したいと思います。

①活動はメンバーの尊厳性を高めるものであること。
②活動はメンバーの自発性や創造性を引き出すものであること。
③活動はメンバー同士の相互作用を活発にするものであること。
④活動はメンバーの社会的行動能力を高めるものであること。

2012年5月13日 (日)

SST (社会生活技能訓練)について

SST(社会生活技能訓練)について

SSTとは、「ソーシャル・スキル・トレーニング」(Social Skills Training)の略称で、当初は「生活技能訓練」と呼ばれていましたが、次第に「社会技能訓練」、あるいは両方くっつけて「社会生活技能訓練」と和訳されるようになりました。
SSTとは、当事者の希望に基づいて、対人状況に関する適切な「ものの見方」「行動の取り方」の学習を助けてゆく専門的な援助方法です。これは利用者の認知と行動に関わる学習を助けるので、認知行動療法の一つです。1970年代にアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のリバーマン教授(R.P.Liberman)らが、それまでの実践を踏まえて体系化したものです。日本では1980年代後半に紹介されて普及し、医療保険の対象になったという経緯があります。当初は、精神科の患者さんを対象として、治療やリハビリテーションにSSTが取り入れられましたが、その後、各種福祉施設などでも有効性が認められ、実践されるようになりました。

さて、精神科の患者さんにSSTが有効だということの理由には、そういった人は精神生物学的脆弱性(その人の病気になりやすさ、もろさ)と、環境から受けるストレスの絡み合いの中で、症状の増悪や生活の障害が生じると考えられ、そのときのその人の考え方(認知)や行動の仕方などの対処方法を現実適応的に変えることによって、その精神脆弱性がフォローされ、環境ストレスに対しても耐性が増すということが挙げられます。つまり、ストレスを上手に処理して、安定した社会生活を送ることができるようにするための「社会生活技能」を訓練(練習)によって身に付け、日常生活に応用してゆくことがSSTの目的であり、リハビリテーションの効果も期待できると言うことができます。

SSTについての詳しい解説をするとなれば、実際のところ、簡単に書くことができないので、興味のある方は各々で調べてくださいね。でも、ちょっとだけSSTの特徴を述べると、SSTはリーダーとコ・リーダー(コ・リーダーはホワイトボードにメンバーの発言や行動を書いたり、リーダーの補助としてメンバー個々の側で励ましたりする役割、またはロールプレイの手本の役柄を演じたりする)が主要スタッフとしてSSTの実践を行ないます。そして、スタッフを囲んで10人前後のメンバーが円陣を組んで椅子などに座り、セッションを行なうというスタイルを取ります。

リーダーはメンバーの一人一人が安心してグループの中にいることができるように、ユーモアを交えながら雰囲気づくりをして、メンバー自身がやっている活動(セッション)を楽しいと感じるようにコントロールする必要があります。なぜなら、SSTは少しばかり幼稚な印象をメンバーに与えてしまう危険性があるからです。なので、その実践いかんによっては、メンバーが「バカにされている」という気分になってしまうことが多々あります。特に高学歴のメンバーはそう感じる場合が多いようです。ですから、リーダーは言葉遣いやメンバーとのコミュニケーションの取り方に細心の注意を払う必要があります。それと、一般的な集団療法よりも、より一層、リーダーやコ・リーダーといったスタッフはグループの中を身軽に歩いて、メンバー一人一人のすぐ側に立ったり、耳元で助言的にささやいたりするといったフットワークも不可欠です。メンバーの前に教師のように突っ立ったままではSSTはうまく実践できません。

また、SSTで重要なことは、「嫌なときは『パス』しても良い」という基本ルールがあることです。模造紙2枚にSSTの基本ルールを書いたものがあり、それを前方の壁に貼っておきます。そして、その基本ルールをメンバーの誰かに読んでもらうなどして、答えたくないときは『パスします』と言ってもいいことを、リーダーは特にメンバーに周知してもらいます。つまり、『パスします』という逃げ場を作ることによって、メンバーの自尊心を損ねたり、挫折感や失敗感を招く危険性を回避します。

私もSSTの実践講座に通い詰めて実技指導を受けましたが、リーダーの役割は非常に難しいと思いました。そうやって何度もスーパーヴァイズを受けながら、精神科でSSTを実践していたわけですが、その中でメンバーから学ぶことも多く、SSTに限らず、心理臨床の場においては、「治療者―患者」という上下関係は決してなく、相互作用によって、お互いに成長するものだなぁとつくづく実感しました。とても勉強になりました。いずれにしても、成長するためには治療者自身がまず柔軟な思考になる必要があると思いました。

SSTの鍵になる重要概念:

個別化…一人一人を大切にして、一人一人の認知や行動の練習が、本人の希望にそって効果的に行われるように工夫すること。「活動よりも人が先にある」というのが『個別化の原則』です。
体系化…一人一人の学習が順序よく進んでゆくように工夫すること。
構造化…学習しやすいように練習の時間を作り、リーダーが指導して練習を助けること。

SSTグループの成長を促すためにリーダーが目指すべき大事な目標:

①リーダーとメンバーとの間に良い関係を作ること。
②一人一人のメンバーが安心してグループの中のいられること。
③メンバー自身がやっている活動を楽しいと感じられること。

失敗は付き物なので、それを恐れず、それを糧にしながら勉強してゆく姿勢が大切ですね。

2012年5月 6日 (日)

「ひきこもり」に対する支援 ―和歌山大学の取り組み―

「ひきこもり」に対する支援 ―和歌山大学の取り組み―

「ひきこもり」は、思春期・青年期の子どもに多く見られる現象ですが、最近は「ひきこもり」の高年齢化が進んでいると言います。厳しい雇用情勢などを背景に就労後の「ひきこもり」が増えていることが一因ですが、学生時代にひきこもったまま回復できず、長期化する傾向が強まっていることが指摘されています。「ひきこもり」は長引けば長引くほど回復が困難で、家族の悩みも深まります。また、「ひきこもり」の程度や状態も様々で、親や家族となるべく口を利かず、すぐ自室に引き上げるといった程度のものから、自室に籠ったまま、親とはメモ書きなどでやり取りして、食事は三食自室の前に置かせるといった徹底した状態のものまであります。

さて、このように「ひきこもり」の程度や状態には幅がありますが、肝心なのは、長期化して回復が難しくなる前の初期段階での対応です。その初期介入の方法で成果を挙げているのが和歌山大学の『ひきこもり回復支援プログラム』です。厚生労働省も「ひきこもり」の相談窓口を充実させるといった施策を進めていますが、訪問支援(アウトリーチ)をする機関はまだ少ないというのが現状です。そうしたアウトリーチを取り入れ、同時に、追い詰められたような気持ちで悩んでいる親をはじめとした家族の支援を行なっているのが、和歌山大学の考案した『ひきこもり回復支援プログラム』というわけです。

では、その概要から見てゆきましょう。

第1段階(導入期)
①家族へのプログラムの説明。
②医師の訪問診断による「見立て」。
③メンタルサポーターの派遣。

第2段階(治療期)
①不安や緊張をやわらげる薬物療法と個人精神療法。
②家族へのカウンセリングと支援。

第3段階(仲間づくり)
①「アミーゴの会」への参加。
②コミュニケーション能力を磨く集団精神療法。

第4段階(社会復帰への準備)
①アミーゴとのボランティア活動。
②アルバイト体験。

この中の「アミーゴの会」というのは、「ひきこもり」の学生たちで構成する支援組織のようなものです。和歌山大学保健管理センター内には「アミーゴの部屋」という居場所が作られ、その部屋には机や椅子のほか、文庫本や漫画が並ぶ本棚、パソコン、流し台などが置いてあり、集まってくる学生たちはカードゲームをしたり、話をして談笑したりして、思い思いに寛ぐのだそうです。ここで使われている「アミーゴ」という言葉はスペイン語で「仲間」という意味です。メンタルサポーターも「ひきこもり」の状態を克服した学生や卒業生で構成され、4人のメンタルサポーターが「ひきこもり」の状態にある学生の相談に乗り、学生生活を支援するという仕組みが取られているそうです。この和歌山大学の『ひきこもり回復支援プログラム』は保健管理センター所長だった精神科医である宮西照夫教授が考案したものだそうです。宮西教授は「ひきこもって2、3年すると、ひきこもりが当然という時期に入る。思い悩んでいる不安定な時期での対処が大事」「キャンパス内の居場所で仲間を作り、安心感に支えられて成功体験を重ねることが学業復帰への近道となる」と話しています。

ほとんどの場合、母親など家族が相談に来てプログラムが開始されると言います。まず、家族に支援計画の全体像を説明して、本人に来てもらうように促すのだそうです。本人が来られない場合は宮西教授が家庭や下宿先を訪問して診察するのだと言います。ここで重要なのは、「ひきこもり」の状態にある学生の『見立て』です。この『見立て』という言葉は臨床で使われる専門用語で、単なる「診断」とは微妙に異なる意味合いを持っています。もしも「ひきこもり」の原因が統合失調症や重度の発達障害であれば、専門医やカウンセラーを紹介するのだそうです。それ以外の人を対象にメンタルサポーターを自宅や下宿先に派遣して、徐々に外へ出るきっかけを作ってゆくのだと言います。

外出を始める段階で、不安や緊張をやわらげるため、薬物療法を導入するなどして、次の段階で「アミーゴの会」に誘い、テーマを決めて話させるなど、苦手なコミュニケーションスキルの向上を図るのだそうです。その後、仲間と一緒にボランティアやアルバイトを体験するなどして、社会復帰への準備をするのだと言います。

この和歌山大学の『ひきこもり回復支援プログラム』は、大学生を対象にして考案されたものですが、訪問支援(アウトリーチ)や共感できる者同士で支援するという血の通った方法は一般にも応用が可能です。
①まず相談。②アウトリーチを積極的に取り入れた支援体制を整える。③そして時間をかけて本人の生活を改善する(昼夜逆転などの生活習慣を整え、外へ出るきっかけを作ってゆく)。④サロンのような居場所を設置して、共感できる仲間と楽しみながらコミュニケーションスキルを磨いてゆく。⑤同時に途方に暮れて悩んでいる家族を支援する(家族会の運営も含める)。⑥ボランティアやアルバイトを体験する中で再起の糸口をつかんでゆく。
おおよそ、以上のようにまとめることができます。

ボランティア体験やアルバイトで汗を流して働く経験によって、「人に必要とされている。その実感が背中を押してくれた」という感覚を持つことができると思います。一歩一歩ずつではありますが、外へ向けて心の扉を開いてゆければいいのではないかと思います。

キャンペーン情報 ―お試しカウンセリングプラン―

キャンペーン情報 ―お試しカウンセリングプラン―

ANRI 心理臨床教育研究室は今年(2012年)5月で創立12周年を迎えます。そのキャンペーンとして新規に展開した予約制の有料電話カウンセリングの相談コースに、「1回お試しカウンセリングプラン」を追加します。料金は3千円(振り込み手数料別)です。セッション時間は基本的には60分ですが、それを超過しても追加料金は一切戴きません。当社の有料電話カウンセリングの規約に同意できる方のみ、臨床心理学に基づく短期問題解決療法(ブリーフセラピー)のお試しとしてご利用ください。

◆料金 1回お試しカウンセリングプラン…3千円

◆ご利用の流れ

①当社メールアドレス(ヴェリタス・ライン)に利用希望の旨を書き、第3希望まで、予約したい希望日時を記入して送信してください。
「件名」には「有料電話カウンセリング申し込み」と明記のうえ、本文に上記内容を記入してください。

例) 件名:有料電話カウンセリング申し込み

      
本文:有料電話カウンセリング(お試しプラン)を希望します。
            
第1希望 4月1日(日)11:00
            
第2希望 4月3日(火)14:00
            
第3希望 4月6日(金)22:00
      
氏名:○○○○ メールアドレス:○○@○○○○

*注 メールアドレスは個人使用のものを利用ください。企業、団体などは受け付けません。

②当社の担当者(臨床心理士)の日程を調節して、希望日時の中で予約可能日時をメールで返信いたします。同時にID番号を発行します。

③その日時でご承諾の場合は、その旨、メールで返信してください。

例) 4月1日(日)11:00 予約します。
       
氏名:○○○○ ID番号:○○○○ 
       
メールアドレス:○○@○○○○

この時点で、有料電話カウンセリングの利用規約に同意したものと見なします。

④当社から料金振り込み先とご入金方法のメールを送信します。お振り込みが確認された後(前払い制)、予約した日時をお守りのうえ、お客様の方からお電話ください。ご利用のとき、ご本人様確認のため、お名前とID番号をお訊きしますので、ID番号をお手元に忘れずにご用意ください。

   
取引銀行:三井住友銀行 口座番号:1300076
   
名義(加入者名):Veritas corporation
   
*詳細はご利用が確定した場合にお知らせします。

◆利用規約

①匿名不可
②決定した予約日時の変更は受け付けません。
③予約時間を10分以上遅れた場合はキャンセルと見なします。
④キャンセルは「お試しカウンセリングプラン」を利用したものと見なします。
⑤一度振り込まれた料金はいかなる理由があっても返却いたしませんので、ご注意ください。
⑥振り込み手数料をご負担ください。

注)ご本人様確認のためID番号をご記入いただきますので、お手数ですが、最寄りの金融機関の窓口にて振り込み用紙でご入金していただくことになります(ATM等による振り込み不可)。振り込み用紙の領収書(お客様控え)はお手元に大切にお持ちください。

⑦通話料はご自身がお使いの電話会社の規定料金をご負担ください。
⑧電話カウンセリングという制約された性質上、出来得る範囲内の対応であることをご留意ください。
⑨単なる話し相手(コミュニケーションの練習など)としてのご利用はお受けしますが、心理カウンセリングとして常識の範囲内でふさわしくない内容は受け付けません。当社の方で通話を切断いたします。その場合でも、一度振り込まれた料金は返却いたしません。
⑩カウンセラーの指名は受け付けません。
⑪カウンセラーの都合により(病欠など)、予約日時にお電話を受けられないときは、代替日のご案内をお送りします。
⑫電話カウンセリングは有料無料に関わらず、自己責任において行なってください。当社では一切の責任を負いません。

◆個人情報保護方針

当社はご利用者様から提供いただいた個人情報については、個人情報の取り扱いに関する法令・規定に則り厳正に管理します。また、ご相談内容に関しても、臨床心理士の倫理規定により守秘義務を遵守します。

◆@Veritas corporation 電話カウンセリングについて

相談には臨床心理士が対応いたします。臨床心理士(準国家資格)とは、臨床心理学に基づく知識や技術を用いて、人間の「こころ」の問題にアプローチする心の専門家のことを言います。とはいえ、「こころ」の問題は容易に解決できるものではありませんので、すべての相談に対して必ずしもご満足のゆくように役立つことができるわけではありません。けれども、問題解決に向けて親身になってご相談をお受けします。

Veritas corporationが提供する社会奉仕を目的とした低料金のサービス事業ですので、お手続きが面倒なところはありますが、上記の規約に同意できる方のみ、自己責任においてご利用ください。

開催日時の制約はありますが、無料電話カウンセリングはそのまま継続いたしますので、お電話がつながるまで待つのが面倒でない方は、そちらも規約をお守りのうえ、ご利用ください。

電話カウンセリング事業は、@Veritas corporationの臨床心理学事業部門であるANRI心理臨床教育研究室(ANRI心理相談室)が運営しています。

無料電話カウンセリング(ヴェリタス・ダイヤル)
 048-951-4427

有料電話カウンセリング(ヴェリタス・コール)
 048-951-4427

有料電話カウンセリングのお申し込みは、
veritas10kyo@hotmail.co.jp(ヴェリタス・ライン)まで…。

その他、ご不明な点はヴェリタス・ラインでお問い合わせください。
メールカウンセリングは受け付けていません。ご注意ください。

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2012年5月 2日 (水)

心因性発熱 ―ストレスで微熱が続く―

心因性発熱 ―ストレスで微熱が続く―

心理的ストレスによって体温は上昇しますが、通常であれば、その程度はわずかであり、また、その発熱が長く続くことはありません。けれども、昨今、「心因性発熱」(ストレス性高体温症)、あるいは「ストレス性微熱」という疾患のあることが明らかにされてきました。日本では心理的ストレスによって37℃以上の体温上昇が生じ得るという事実があまり認識されていなかったため、このような患者さんは、原因がわからないまま、多くの病院を受診し続け、検査を繰り返し、解熱剤などを処方されても効果が得られず、専門医から適切な治療を受けるまでに長い時間が経過していました。感染症や炎症性疾患でもない、いわゆる「不明熱」(Fever of Unknown OriginFUOの患者さんの18%が「心因性発熱」であったという報告もあり、ストレスによる高体温症の患者さんの数は決して少なくないと推定されています。このストレスによる高体温症は心理社会的要因によって生じる身体疾患であり、心身症の一つだと言われています。

では、「心因性発熱」(ストレス性高体温症)、あるいは「ストレス性微熱」というのは、どういうものなのかを学んでゆきたいと思います。

心理的ストレスが関与する高体温症には3つのタイプがあるそうです。

①ストレッサ―(ストレスを生じさせるもの)が明確で、それによって、急性、あるいは一過性の体温上昇が生じるタイプ。

②慢性的なストレス状況で、37℃~38℃台の微熱が数ヶ月に渡って持続するというタイプ。

③上記の2つが合併するタイプ。つまり、微熱が持続している患者さんが、ストレス状況で、さらに体温が高くなるタイプ。

それでは、感染症や炎症性疾患とは異なる症状について見てゆきましょう。

◆悪寒・嗜眠傾向は訴えられず、むしろ、ストレス反応によって覚醒レヴェルが上昇するため、不眠を訴える者が多い。

◆温熱性発汗(全身性発汗)ではなく、発汗は手掌や足底に限局している(精神性発汗)。

上記のような症状が出現し、発熱に加えて、次第に身体もだるくなってきます。慢性的ストレスによって疲弊している患者さんでは、うつ病に似ているという印象が見られると言われます。自律神経失調症みたいなものと間違われることもあるようです。

では、次に治療法を見てゆきましょう。

まず、発症前の3ヶ月~半年間の患者さんの置かれた心理社会的背景を聴き取り、ストレスとなり得る心理社会的要因(家庭、職場、学校での葛藤状況、過重労働など)を突き止めることが必要です。その後の治療方法をまとめてみましょう。

①病態説明が重要になります。人は原因不明の状態に置かれると非常に不安を覚えるものです。なので、この発熱はストレスによって体温が上昇している状態であることを説明します。患者さんの中には平熱が37℃程度の人もいますが、大事なことは体温が何度かではなく、その患者さんが微熱であれ何であれ、その発熱状態を苦痛に感じているか否かということです。わずかな体温上昇でも急に倦怠感が強くなり、それを苦痛に感じる場合が多いと言われます。この「ストレスが原因」という説明は、心身がオーバーヒートしているということを本人に自覚させる意味でも重要です。つまり、これは「ちょっと休もうよ」と訴えている「心のサイン」だということです。

②そうすると、次は生活指導です。ストレスで心身がオーバーヒートしているのだから、休憩することが大切です。すなわち、日常生活のペースダウンと、睡眠時間を充分に取るように指導します。眠れなくても身体を横にして目を閉じることが有効です。脳を休めることを心掛けてください。

③薬物療法も必要になります。専門医の指示に従いましょう。

④心理療法も併せて行なうと効果的です。慢性的な心因性発熱は、真面目で頑張り屋さんに多いようです。忙しくないと不安や罪悪感に捉われてしまう傾向も見られます。また、過去のトラウマ(心的外傷体験)を抱えている場合もありますので、心理的ケアが必要になってきます。そのような心理療法を受けると共に、自分に合ったリラクゼーション法を見つけることも重要です。

⑤ストレス性の発熱には他の身体疾患、精神疾患が合併している場合が多いので、その併存症の治療も受ける必要があります。思春期の患者さんでは、起立性調節障害、成人では緊張性頭痛、気分障害(うつ病)、不安障害(パニック障害、PTSDなど)が併存している場合が多いと言われています。これらの合併症も同時に治療しないと、心因性発熱も良くなりませんので、組み合わせて治療しましょう。

ストレスは心にも身体にも多大な影響を与えます。「心因性発熱」(ストレス性高体温症)、あるいは「ストレス性微熱」は不明熱として適切な対処がされてきませんでした。ストレス社会である現代では「脳を休める」ことが是非とも必要です。そして、自分なりの「気のまぎらし方」やリラクゼーション法を身に付ける必要があります。頑張ることはもちろん大切ですが、心や身体からのメッセージに耳を傾けて、もう少し「ゆっくり」「のんびり」生きる方法も一緒に会得できたらいいですね…。

2012年4月28日 (土)

認知症について

認知症について

「認知症」にはいろいろなタイプがありますが、「認知症」の中で最も多いのが、脳が委縮して記憶障害や被害妄想の出現する「アルツハイマー型認知症」で、全体の半数を占めると言われています。また、脳卒中などが原因の「脳血管性認知症」が15%、幻覚や幻視などが現われる「レビー小体型認知症」も約10%あるそうです。現在は「アルツハイマー型」「レビー小体型」「脳血管性」「前頭側頭型」が4大認知症と言われています。

ここで言われる「幻覚」(hallucination , Halluzination)というのは、エスキロール(Esquirol,J.E.D)の古典的定義によれば、「対象なき知覚」(perception sans object)であり、実際には存在しない対象を存在するかのように知覚することです。「錯覚」は現実に存在する感覚素材が歪んで知覚されるものであるのに対して、「幻覚」はまったく感覚素材がないのに知覚が起こるものを示します。その「幻覚」の中で、「幻視」(visual hallucination)というのは、例えば、「動物幻視」(Tiervision)といって、小動物(アリ、クモ、ネズミなど)が見えたり、大きな動物(牛、豚など)が見えたり、小人の群れが見えたりすることを言います。また、「情景幻視」(szenenhafte Gesichtshalluzination)というのは、外の景色や屋内の状況などが情景的にありありと見えるものを言います。

「認知症」と普通の「物忘れ」はどう違うのかと言うと、人の名前が出て来なかったり、物を置き忘れるといったことは、日常よく起こることなので、それほど心配はありませんが、つい5分前のことを忘れたり、食事を済ませたのに「まだ食べていない」と言うなど、やったことをすっぽり忘れてしまうというようなときは「認知症」の疑いがあります。

「認知症」の早期発見のポイントとして次のような項目が挙げられます。

①財布・通帳・衣類などを盗まれたと他人を疑う。
②テレビ番組の内容が理解できなくなった。
③約束の日時や場所を間違えるようになった。
④些細なことで怒りっぽくなった。
⑤外出するとき、自分の持ち物を何度も確かめる。
⑥趣味や好きなテレビ番組に興味を示さなくなった。

とはいえ、医療機関でも「認知症」と診断されたけれど、実際は「認知症」ではなかったということも、しばしば見受けられるようです。間違われやすい病気として、「うつ病」と「軽い意識障害」が挙げられます。「うつ病」になると、考えようとしても観念や着想が頭に浮かばなかったり、自信がなく判断力や決断力が低下するため、思考のテンポが遅くなり、考えが進行しなくなります(思考制止=retardation of thought)。今日の日付や今いる場所(時・場所・人物=見当識)を尋ねると、「認知症」の人は間違えることが多いのですが、「うつ病」の人の場合はゆっくり聞けばちゃんと答えることができます。

「意識障害」というのは、生理的睡眠に似た状態で、知覚が不鮮明であったり、刺激に対する応答の緩慢さ、注意の固着、思考障害などが見られます。「意識」というのは、「鮮明度」「広がり」「質的なもの」という
3つの標識に分類されますが、「軽い意識障害」は意識の鮮明度の障害と言えます。周囲の人からは「ボーッとしている」と見えやすく、場合によっては、肝臓や腎臓、甲状腺などの身体の機能のどこかに問題があるときもあります。また、薬の影響でそのような状態になることもありますので注意が必要です。

「認知症」の人には記憶障害や判断力の低下が伴います。これらのことを「中核症状」と呼びます。一方、暴言、暴力、徘徊などは、その人の性格や環境などが複雑に絡み合って出現するもので、誰にでも起きるわけではありません。これらを「周辺症状」と呼びます。この「周辺症状」を落ち着かせるには、適切なケアと環境によって改善できることが少なくないと一般的には言われています。

「認知症」になった当人としては、自分が何の役にも立てないなどといった心の痛みや悲しみを抱くことと思います。一人一人その人らしさは違いますので、その人の心を受け止め、尊敬の念を持ち、その人が生活の中で「できること」を見つけて(例えば、家事の手伝いなど、どんな些細なことでも構いません)、ケア実践につなげてゆくことが望まれます。とは言っても、ケアをする側(例えば、家族など)の苦労は生半可なことではありません。一人で抱え込まず、自分自身の気持ちの落ち込み(閉塞感)をなるべく和らげるように、自分の趣味や癒しとなるもので気をそらしたりする工夫をしながら、まわりの支援の手を借りてください。特に地域住民の支え合いといった、人と人が共感できる社会を展望して、サポートをギブ・アンド・テイクしてゆくことが、すべての人の助けになると思います。

あきらめないでくださいね…。

2012年4月27日 (金)

甲状腺機能低下症 ―身体の健康―

甲状腺機能低下症 ―身体の健康―

甲状腺ホルモンの分泌低下のために起こる病気で、その症状による浮腫(ふしゅ=むくみ)を粘液水腫(myxedemaと言います。甲状腺機能低下症による「むくみ」の特徴は、指などで押えても、その部分がすぐ元通りになり、へこんだままではないことです。その点、例えば、腎臓病などによる「むくみ」の場合は、押えると、しばらく、その部分はへこんだ状態になります。この粘液水腫甲状腺機能低下症は、しばしば同義語に用いられます。

この疾病には、先天性のものと後天性のものがあります。先天性のものはクレチン病(cretinism ; Kretinismusと呼ばれます。症状は生後612ヵ月で気づかれます。精神的・身体的発育が全体として遅れ、身長が低く、成人しても小人症(dwarfism ; Zwergwuchsの状態に留まります。皮膚は肥厚しており、皮膚の中に粘液でも詰まっているかのような独特の弾力があります。体温は低く、脈拍・呼吸も遅く、基礎代謝も低いという特徴があります。性格はおとなしく不活発です。なるべく早期に甲状腺ホルモンを投与して治療することが重要です。

成人になってから発症する場合の原因としては、慢性甲状腺炎(橋本病)が長く続いたり、脳下垂体からの甲状腺刺激ホルモンの分泌が低下し、そのために甲状腺ホルモンの生産が減少して起こる場合もあります。汎下垂体機能低下症シーハン症候群などが、その例として挙げられます。

さて、甲状腺機能低下症の症状ですが、それは心身に渡り多岐に出現するので、他の病気と間違われることが多々あります。精神科領域では、うつ病と誤診される場合が多い病気です。では、その症状を見てゆきましょう。

全身倦怠感、元気がなくなる、疲れやすい、手足の冷え、皮膚が乾燥してかさかさする、汗が出なくなる、声がかすれる、いびきをかく、毛がもろく抜けやすくなる、貧血、月経過多(ひどくなると逆に無月経となる)、体重増加、食欲低下、便秘、といった身体症状の他に、精神症状として、記憶力低下、集中力低下、動作が緩慢、認知症に似た症状、などが挙げられます。顔はむくんで、ぼんやりとした表情になります。

元気がなくなったり、疲れやすくなったり(易疲労感)、倦怠感に捉われたり、食欲が低下したり、それに加えて精神症状として、記憶力低下、集中力低下など、うつ病における思考障害である思考制止と似た症状が発現し、動作も緩慢になり、顔つきもぼんやりしており、さらに認知症に似た症状(忘れっぽいなど)も見られるので、そういった精神症状を主訴として心療内科や精神科を受診すると、うつ病と間違われることがあります。とはいえ、じっくりDr, と自分の症状について話し合うことができれば、あまり誤診をされることが少なくなるはずです。

治療としては、甲状腺ホルモン剤を服用すれば良くなります。「治る」という意味が安易に使われ過ぎており、精神科領域でも「治る」という言葉が、まるで外科手術で悪性腫瘍を完全に取り除いて100%完全無欠の身体に戻るような意味合いで、暗黙の了解で共通理解されている傾向が強く感じられますので、注意と正しい啓蒙が必要ですね。

今回は精神科領域でうつ病と間違われやすい甲状腺機能低下症について学んでみました。

2012年4月26日 (木)

脳卒中について ―身体の健康―

脳卒中について ―身体の健康―

日本人の3大死因の一つとして知られる「脳卒中」は、自覚症状が出現しにくく、ある日、突然起きるという特徴があります。この「脳卒中」は、長い間、日本人の死因原因の第1位でしたが、最近では第3位まで順位が下がりました。けれども、高齢化や高血圧の人の増加に伴って、2025年には約330万人にまで達するだろうと推測されています。

さて、「脳卒中」には、脳の血管が詰まって起こる「脳梗塞」、脳内の血管が破れて起こる「脳出血」、動脈瘤などが破れて起こる「くも膜下出血」の3つがあります。「脳出血」と「くも膜下出血」は高血圧や多量飲酒、あるいは喫煙などが原因となりますが、最近は血圧の治療が進んだため、その2つは減っている代わりに、「脳梗塞」が増えていると言われます。この「脳梗塞」には、細い動脈が詰まる太い動脈が詰まる心臓内にできた血栓で脳内の動脈が詰まる、という3つのタイプがあります。

脳卒中の3つの種類

①脳梗塞(のうこうそく)…脳の血管が詰まって起こる。
②脳出血…脳内の血管が破れて起こる。
③くも膜下出血…動脈瘤(どうみゃくりゅう)などが破れて起こる。

脳梗塞の3つのタイプ

①細い動脈が詰まる。
②太い動脈が詰まる。
③心臓内にできた血栓(けっせん)で脳内の動脈が詰まる。

「脳梗塞」の約3割は心臓に原因がある「心原性脳梗塞」(しんげんせいのうこうそく)だと言われています。心房細動という不整脈によって、血液が心房の中でよどみ、その結果できた血液の固まりが脳まで流れて行った場合に、脳卒中の一つである「脳梗塞」を引き起こすと言われています。

そして、「脳梗塞」で最も多い後遺症は、右半身だけがマヒするといった「片マヒ」(半身マヒ)だと言われます。また、言語障害、食べたものが飲み込みにくいなどの「嚥下障害」(えんげしょうがい)、歩行障害のほか、認知症につながることもよくあると言われます。そのため、いちばん重要なことは「脳卒中」にならないように予防することだと指摘されています。「脳卒中」になる危険因子として、高血圧糖尿病脂質異常症肥満喫煙心房細動の6つが挙げられています。これらが重なると、血液が流れにくくなる「動脈硬化」が起こります。この硬化が脳に起こった場合が「脳梗塞」だと説明されます。

脳卒中の6つの危険因子

①高血圧
②糖尿病
③脂質異常症
④肥満
⑤喫煙
⑥心房細動

この中でも「高血圧」は最大の危険因子だとされています。高血圧の人が「脳卒中」を発症する割合は、血圧の低い人に比べて約8倍にも上ると言われています。また、日本の糖尿病患者は予備軍も含めて約2210万人と言われ、脳卒中の一つである「脳梗塞」との因果関係も指摘されています。血液内で増えすぎた「糖」が血管に障害を与えて「動脈硬化」を引き起こすために、「脳梗塞」の原因になると言われています。

では、「脳梗塞」の効果的な予防法は何かを見てゆきましょう。「脳梗塞」を引き起こしやすい心房細動は、高血圧が大きな原因になります。高血圧症は日本に約4千万人もいると言われています。血圧を下げるため、生活習慣を見直すことが重要になります。「食事」と「運動」に気を配ることが必要です。食事のポイントは、まず減量、そして塩分を16g未満にする野菜や果物を多く摂ることの3つです。また、お風呂やトイレでの急激な血圧変化に注意して、血圧測定を家庭でも毎日行なうことが重要です。

脳梗塞の効果的な予防法

1. 生活習慣の改善(食事と運動)
食事のポイント
①減量 
②塩分を16g未満にする(高血圧症でない人でも、男性9g、女性7.5gを目標値にる) 
③野菜や果物を多く摂る
 

2. 家庭での血圧測定
自分の血圧を把握して記録する
お風呂やトイレでの急激な血圧変化に注意する etc.

日本人の寿命は年々延びていますが、健康な生活を送ることができる「健康寿命」に注意を向ける必要があります。現在、日本人の3大死因として、がん心疾患脳血管疾患3つが挙げられています。まずは、そういった病気に罹らないよう、健康に留意することが大切だと言えます。

2012年4月25日 (水)

高血圧について ―身体の健康―

高血圧について ―身体の健康―

日本では高年齢化に伴って、高血圧の患者さんが増え続けており、その数は4千万人(厚生労働省調べ)に上ると言われています。高血圧の予防や治療には、生活習慣を改善することに加えて、自分の血圧の把握と毎日の血圧管理が必要になってきます。血圧は1日中、常に変動しているため、最近では家庭での血圧測定が注目されています。

さて、年齢を経るごとに老化してきた血管は、傷つき、もろくなっており、高血圧を引き起こしやすくなります。それには自覚症状がないために、放置しておくと、動脈硬化が進んで、脳卒中や心筋梗塞、腎臓病といった生命にかかわる病気を発症させる可能性があります。

血管は心拍数と同じく、1日に10万回近く圧力を受けるので、同様の回数の血圧が存在することになります。それが常に一定ではなく、時間、活動量、気温の変化、心理的ストレスなどの要因によって、絶えず変動しています。健康な人の血圧は、朝起きると上昇を始め、日中は高くなり、就寝中は低くなります。

ところが、仮面高血圧といって、診察室では正常なのに、家庭で早朝に高い「早朝高血圧」や、夜間に高い「夜間高血圧」、あるいは職場などでストレスを受けると高くなる「ストレス下高血圧」といったものがあります。そのほか、家庭で測ると正常なのに、病院の診察室で測ると高くなるという「白衣高血圧」というものなど、様々なパターンの高血圧があります。そのため、病院の診察室ばかりではなく、家庭でも正しく血圧を測定することが重要になってきます。

まず、私たちは眠りから目覚めて起き上がるとき、身体を活動状態に切り替えるために、脳の働きやホルモン分泌などの体内機能を活性化させます。血圧や心拍数もそれに伴って上昇し始めます。そのため、脳卒中や心筋梗塞などの発症率は早朝から正午までが最も高く、早朝高血圧の人は特に注意が必要です。

早朝高血圧には、夜間就寝中でも血圧が下がらない「夜間型」と、起床後に急激に上昇する「モーニングサージ型」2つのタイプがあります。血圧変動のパターンを正確に把握するには、家庭における起床後の血圧測定が不可欠です。

また、早朝高血圧は、脳卒中や心筋梗塞などのリスクが高くなるため、早朝高血圧の疑いがある場合には、まず日常の生活習慣を見直すことが重要です。食事や運動で改善しないようであれば、薬物療法が用いられます。24時間持続型や、寝る前に服用して翌朝まで血圧を下げる効果のある薬が処方されます。

さて、血圧を下げる基本は生活習慣の改善ですが、特に塩分を控えた食生活が重要です。現在の日本人は1日平均11gの塩分を摂取していると言われますが、高血圧の人は6g未満が目標値になります。健康な人でも男性9g、女性7.5gを目指すのが良いと言われています。
食事では、その他に、カロリーの摂り過ぎに注意をすることや、脂質も少なめにすることが勧められています。タバコは高血圧にとって有害です。アルコールの飲み過ぎにも当然のことながら注意することが必要です。運動をすることは、余分なカロリーを消費して、活動を維持するためにも欠かせません。

これと並行して実行したいのが、家庭での血圧管理です。普段から自分の血圧を意識するためにも、自分で測り、自分の血圧パターンを知ることで、血圧を下げる目標を具体的に把握することができて、高血圧予防にもなります。

では、家庭で血圧を正確に測るためのポイントを挙げてみましょう。

タイミング
起床後1時間以内…排尿後、または朝食前、あるいは薬の服用前。
寝る直前…入浴や飲酒の直後は避ける。

カフの巻き方
上腕の素肌、または薄い衣類の上から少しきつめにして巻く。

カフの位置
心臓と同じ高さになるようにする。高さが合わないときは、腕の下にタオルなどを敷いて調節する。

姿勢
12分間安静にして、座り慣れた楽な姿勢で測定する。

記録の方法
毎日、朝と夜の12回。1回につき、13度ずつ測定する。できれば、その平均値も記録する。

参考として、家庭で測定する血圧(家庭血圧)は、13585mmHg以上、病院の診察室で測定する血圧(診察室血圧)は、14090mmHg以上が高血圧だと言われています。

2012年4月24日 (火)

動脈硬化について ―身体の健康―

動脈硬化について ―身体の健康―

高血圧や糖尿病、喫煙などが原因となる動脈硬化は、進行が気づきにくく、「沈黙の殺人者」とも呼ばれます。では、そもそも動脈硬化というのはどんな状態なのか、血管の構造から見てゆきましょう。

血管は「内膜」「中膜」「外膜」の3層構造をしており、内膜を覆って血液と接するように「内皮細胞」があります。動脈硬化とは、内膜が厚くなったり、内皮が傷ついたり、血管の弾力が低下したりする病気です。
高血圧、糖尿病、喫煙、加齢などが原因で病気が進行すると、血管内皮が破れて、血液の塊(血栓)ができて、血管がふさがれたり、血栓が別の場所に飛んだりします。その結果として、心臓の筋肉(心筋)に血液や酸素を送る冠動脈が詰まる「心筋梗塞」や、脳血管が詰まる「脳梗塞」になります。

さて、動脈硬化というと、心臓病や脳卒中のような病気ばかりが思い浮かびますが、動脈硬化が進むと、足の動脈が詰まって足を切断することになったり、腎臓が悪くなったりというように、身体全体の状態が悪化します。それだけ、動脈硬化という状態の進行は怖い病気の引き金になるということです。

動脈硬化でいちばん重要な危険因子は「加齢」です。人間は必然的に年齢を重ねるので、動脈硬化は避けがたい側面があります。それに加えて、高血圧、糖尿病、脂質異常症など、他の因子が関わり合って動脈硬化が進行します。危険因子を一つだけ持っていても、さほど問題ではないのですが、それが幾つも重なると、動脈硬化から心筋梗塞や脳卒中につながると考えることが重要です。

では、動脈硬化を進行させないために気を付けることを見てゆきましょう。

まずは、言わずもがなですが「食生活」です。高カロリー、動物性脂肪や塩分が多い食事は避けることです。お酒の飲み過ぎも要注意です。このようなことを言うと、「自分は好きなものを好きなだけ食べてやるんだ、動脈硬化なんて怖くない」と反駁する人が必ずいると思います。けれども、その人は自分自身のことだけ考えればそれでいいでしょうが、そのことによって自分の周囲の人たちに結局は迷惑や心配をかけるのだということを考えれば、自分自身の健康について留意する必要性に気づくかもしれません。人間というのは望もうが望むまいが相互関係の中で共生しています。自分だけ良ければいいという身勝手な慢心は避けたいものです。

日本肥満学会は、少し肥満の人に対して「サンサン運動」を推進してきました。それは、体重を3kg、腹囲を3cm減らしましょうという呼びかけです。そうすれば、糖尿病などの検査数値は改善します。いきなり減量目標を10kgなどと高い目標に設定すれば、途中であきらめてしまうことが多々あります。だから、とりあえず、3kg減量くらいを目標にした方が長続きしますよというわけです。なので「サンサン運動」というネーミングです。

具体的な食事で言えば、魚、豆腐、納豆など、動脈硬化を防ぐ食材が豊富にある伝統的な日本食を摂取することが効果的です。

次に「運動」も大切です。人間は身体を動かすと、心臓、ホルモン、神経など、すべてが良い状態になります。運動は高血圧や糖尿病などの改善効果がありますので、軽く汗ばむ程度の散歩や早歩きなどを毎日続けることが重要です。健康のために運動をしなければならないと思うと長続きはしませんし、逆にそれがストレスになってしまいますので、自分のやりたいことを運動に組み入れて無理なく続けることができればいいと思います。

また、睡眠不足や、睡眠時間のズレ、昼夜逆転の生活も改善する必要があります。このような生活を送っている人は、糖尿病や高血圧になりやすいと言われています。喫煙は血管内皮そのものを傷つけてしまうので動脈硬化を助長させます。すなわち、生活習慣をもう一度見直して改善が必要なところは改善してゆくことが必要だということです。

日本を含むアジア約80万人の調査の結果、やや肥満の方が長生きすることが分かりました。太り過ぎも、痩せすぎも、死亡率が高くなるそうです。つまり、何事も行き過ぎ(極端)はよくないということが指摘されています。これは精神疾患やストレスの研究においても、同じことが言えますね。

人間は誰でも、美味しいものをたくさん食べたいという欲望があるものです。それと同様に、健康で長生きをしたいという欲望も合わせ持っています。そのバランスが大切です。達成不可能な目標を掲げても無理なので、現実的な健康法を見つけてゆくことが重要です。一人一人が自分の生活を振り返り、何か問題を見つけることができたなら、その一つ一つを地道に改善してゆくという心構えを持って動脈硬化の予防を実践することが大事なことだと言えます。

2012年4月20日 (金)

「生き方」を考える ―こころの健康―

「生き方」を考える ―こころの健康―

私たち現代人のライフスタイルや価値観は多様化している反面、「普通だったら…」というスタンダード(基軸/標準)を求めている傾向が見受けられます。そして、そのスタンダードと比較して「自分は普通じゃないんじゃないか」とか「自分は世間から外れているんじゃないか」というように自分にラヴェリング(レッテル貼り)をする傾向も感じられます。そのような日本人の心性はずっと以前からありましたが、昨今、それがますます強まってきている気がします。例えば、就職したり、結婚したりすることを「当たり前」と思う風潮はいまだに健在ですが、現在の不景気による就職難で定職につけない人、あるいは経済的な理由から結婚することを断念せざるを得ない人、つまり、そういった敷かれたレールに乗れない人たちが否が応にも増えている状況の中で、相変わらず寛容ではない社会が容赦なく突き付けてくる正体のないスタンダード(基軸/標準)に押し潰されそうになり、自分の心の持ち様がわからなくなって、「迷える子羊」(ストレイシープ)になっている人が増加しているように感じられるということです。

我々は「人との関わり」より個人を重んじるという現代の風潮に呑み込まれ、その結果、物質的な豊かさと引き換えに、過度な競争社会で自分自身をすり減らし、「格差」という階級社会のようなものに巻き込まれ、いつの間にか孤立化が深刻になって、社会全体の幸福度を低下させていました。けれども、震災直後、多くの人が携帯電話やメールなどで家族や仲間の安否を確認し合ったりすることで、改めて自分を気遣ってくれる人が側にいることに気付かされました。つまり、自分にとっていちばん大事なものは、実は自分の身近な手の届くところにある人間関係や暮らしなのだということを見つめ直すきっかけになったということです。そして、想像力を働かせて考えれば、私たちが「当たり前」と思いながら過ごす日常は、実際は多くの人に支えられながら成り立っていることに気付かされ、周囲に対する感謝の気持ちが芽生えて、自分も役に立ちたいと考える「支援社会」の窓を開ける契機にもなりました。すなわち、自分の利益だけを優先するという考え方よりも、他者の幸せを思い、利他的な行動を取る人が増えてきました。このように一人一人が他者を支えて行動することが、閉塞感や憂鬱感に覆われて「うつ状態」になっている現代日本の社会ムードを改善することにつながることが少しずつではありますが認識されてきました。簡単に言えば、ちょっと他者に対して親切にするといった「当たり前」のことをしたりすることで、小さな幸福を探してゆくという方向性が見えてきたと言えます。

ここには「当たり前」の二極化現象が見られます。つまり、「当たり前」というスタンダード(基軸/標準)から自分を推し量って、自分の心の持ち様がわからなくなってストレイシープになるという状態。もう一方は、「当たり前」と思って何気なくやり過ごしていたことを見つめ直し、ちょっとした「当たり前」を行なうことによって小さな幸福感を探してゆくという生き方。残念ながら、そのアンビヴァレンス(両価性)はこれからもパラレルに進んでゆくであろうと思われます。

また、「人とのつながり」や「絆」が見直される一方で、家族を含めた人間関係の中で悩み、どうやって自分自身のバランスを保ち、コントロールしてゆけばいいのかという問題で、気分が落ち込んだり、意欲が低下したり、あるいは逆に相手に対する攻撃性に駆られたりする状態になっている人も非常に多く見受けられます。それを繰り返して悪循環に陥ると、心はかなりのエネルギーを消耗してしまいます。そんなときは、少し引いた視点で、自分自身や相手を第三者の目から客観的に見ることが大切です。また、少し長い目で物事を捉えることも重要です。時間軸を考えると「時間が解決してくれる」ということがあるからです。さらに言えば、人間は生きている限り、「不安」はすべてなくせるものではないということを念頭に置くことも大事です。私たちが「不安」を抱くことは当然の反応ですし、それが「生きている証拠」でもあるからです。また、現実的な視野で見て「100%健康で生きてゆく」ことは不可能だということを認識することも重要です。そういう極端で非現実的な考えに縛られると自分が苦しくなるばかりです。心の状態を保つためには、何か楽しいことを見つけたりして、自分の時間を気持ちよく使うといった「気をそらす」という方法を取ることも有効です。さらには、いつも高遠な目標を設定して走り続けるというのではなく、まずは目の前のことを着実に考えてから、休むときは「ダラダラする能力」を身に付けて、しっかり休養することも大事なことです。つまり、あまり突き詰めて物事を考え過ぎず、時には「てきとー」とか「いい加減」に生きることが必要になるときも充分にあるということです。「何とかなるさ」というくらいの気持ちでいることが、いちばんの処方箋になるときもあります。

最後に、ロビン・ウィリアムスが映画の中で演じた、実在するアメリカの医師パッチ・アダムスの言葉で締めくくりたいと思います。

病気がなくても幸せでなければ健康ではない。
病気があっても幸せであれば健康だと言える。

2012年4月19日 (木)

桜は北へ

遅ればせながら、お花見に行ってきました…cherryblossom
もう散っていました…coldsweats01
桜吹雪が舞っていました…heart02

ひとの豹(かお)しみじみと見し桜かな
(石原舟月の俳句から)

01
人恋し灯ともし頃に桜ちる
(白雄の俳句から)

02
夕桜あの家この家に琴鳴りて
(中村草田男の俳句から)

02_2
生いつまで桜をもつて日を裹む(つつむ)
(橋本多佳子の俳句から)

04
桜の花の絨毯(じゅうたん)

05
あの道…heart04

06
この道…heart04

07
桜は北へ…heart01

画像をクリックすると別ウィンドウで拡大します…happy01

2012年4月16日 (月)

50音順ひらがな遊び唄 ― C'est la vie!―

50音順ひらがな遊び唄 C'est la vie!


01


…あせってしまって気持ちが落ち着かなくなることもある。

…イライラして当り散らしたくなることもある。

…後ろばかり振り返って前へ進めないこともある。

…遠慮ばかりして自分をないがしろにすることもある。

…重荷を背負って生きている気持ちがするかもしれないけれど、それは大切なあなたの持ち物だよね。

…悲しかったら泣いたっていい。
…きつく思えたら涙を浮かべてもいい。
…苦しさに耐えかねて叫んでもいい。
…気高い気持ちを忘れなければ、
…こんなことなど、いつか乗り越えられる。

…淋しくて打ち震えてもいい。
…しんどくて倒れそうになってもいい。
…隅っこに追いやられた気分でしょげてもかまわない。
…生活してゆくことが不安でたまらなくなることもある。
…それでも生きていることを実感しよう。

…退屈な毎日に飽きてくることもある。
…ちっぽけな存在だと自分と他人を比べることもある。
…つまらない人間だと自分を卑下してしまうこともある。
…天空に輝く星空を眺めて、
…吐息を付けば、少しは気持ちが楽になるかもね。

…何もできないと自分を決め付けて、
…にっちもさっちもゆかなくなった気分に支配されても、
…塗り固められた困難な壁ごとき、
…願いと祈りをもって真剣にのぞめば、
…乗り越える勇気が湧いてくると思うけどね。

…はりきって進むもよく、
…疲労困憊(ひろうこんぱい)して立ち止まるもよし、
…フツーが何かわからなくなることだってある。
…変だと自分を嘆くこともあるかもしれない。
…本当の自分を見つけるためには、避けて通れない関門だよね。

…負けるが勝ちということもある。
…道草をしたって、それがどうしたっていうんだ。
…無駄なことをしたと悔やんでもいい。
…迷走してカオス(混沌)の中で苦しむこともあるけれど、
…もっと自分を本当の意味で大切にしようよ。

…やけっぱちになることがあってもいい。
…嫌な目に遭うことだってたくさんある。
…勇気がなくなってしまうこともある。
…円満に進まないのが人生さ。
…よろしく自分!と声をかけてやればいいじゃないか。

…楽な道を選ばず、
…凛々しく前を向いて、
…流浪の旅を楽しんで、
…レールをはずれ、
…ロンリーな道を歩むのもいいものだ。

…わたしとあなたとこれから出逢う未知の人、
…いろいろな人と出逢いつつ、
…後ろの方でつつましく、
…笑顔を浮かべて、
…おもしろき自分の人生を創造しよう。
…ん~、C’est la vie!(セ・ラ・ビー)

2012年4月12日 (木)

「泣くということ」の心理学

「泣くということ」の心理学

人間の心の中には、感情(気持ち)と思考(考え)が、お互いに影響し合いながら働いています。その生き生きとした心の動きを理解することが重要です。

さて、ここで「泣くということ」を取り上げてみます。この「泣くということ」も人間の生き生きとした心の動きであり、実はとても大切なことです。他人の前で涙を流すということを、非常に恥ずかしく感じる人がいます。確かにTPO(時・場所・場合)をわきまえずに泣くとマズイ場合があります。例えば、会社で仕事中に泣くと周囲がビックリすることでしょう。あるいは、男性は昔から「男なんだから泣くな!」と言われ、人前で涙を見せることは御法度とされてきた歴史があります。大体において、他人の前で涙を流すことを恥ずかしがる心理には、次のようなものがあると考えられます。

「人前で泣くと、弱い人間だと思われるのではないか」
「自分の弱みを握られるのではないか」
「あとで泣いたことを言いふらされてしまうのではないか」
「あとで笑われるのではないか」
「泣かれた方も困ってしまうのではないか」
「迷惑だと思われるのではないか」
「泣いたって何も解決しないのではないか」 etc.

以上のようなことをいろいろ考えてしまい、泣きたいのを我慢して、感情を抑え込んでしまう傾向がしばしば見られます。しかしながら、気持ちを抑え過ぎるのは、決して望ましいことではありません。上記したように、「泣くということ」は人間の生き生きとした心の動きであり、そうした気分の波が来ることは人間が生きている証でもあります。なので、そうした感情がうまく発散されないと、病的な気分の落ち込みになったり、その落ち込んだ状態(うつ状態)が長引いてしまったりします。そして、気分の落ち込み(うつ)がひどくなると、泣けなくなることさえあります。あるいは、ところ構わず、すぐに涙ぐんでしまうという状態に陥ったりすることもあります。

「泣くということ」自体は、決して恥ずかしいことではなく、むしろ、非常に大切なことです。ある意味では、「泣くということ」は自分に対する思いやりでもあります。けれども、ところ構わず涙が出てくることは、社会的に見て困ることもあります。そのような場合には、自分に対する思いやりの気持ちを忘れないようにしながら、「気持ちをそらす」という方法を使って、強い悲しみに気持ちが集中している状態をやわらげることが役立ちます。

では、「気持ちをそらす」という方法とはどういうものなのかを見てゆきたいと思います。この方法は、悲しいときに限らず、眠れないときや、不安な気持ちが強く襲ってきたとき、あるいは腹が立って怒りの感情に呑み込まれそうになったときなどにも効果的です。

内容はいたって簡単です。自分の興味のあることをすることが、まず第一に挙げられます。本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビを観たり、ラジオを聴いたり、家族や友人と話をしたり、冗談を言ってみたり、何でもいいですから、自分にとって気持ちが安らぐことをしてみることが重要です。人によって興味が持てることは異なりますので、個々人で自分に合った「癒し」を見つけてください。

次に、思考を利用するものとして、『脳トレ』のように簡単な計算をしてみたり、パズルをしてみたり、今の気持ちをノートに書いてみたり、ゲームをしてみたり、変わり種の方法としては、コインを50枚くらい投げて1枚ずつ拾ってゆく、といった方法も考えられます。

または、身体を使う方法として、腹式呼吸法をしてみたり、膝の屈伸運動をしてみたり、簡単な体操をしてみたり、足でリズムを取ってみたり、両手を握ったり開いたりしてみたり、といった方法も考えられます。

さらに、身体感覚やイメージを使った方法として、周囲の迷惑にならない程度に何か音を立てたり、新聞などいらなくなった紙を引き裂いたり、外へ出て空を見上げたり、缶コーヒーなどを飲んでみたり、楽しいイメージを思い浮かべたり、足の裏に意識を集中してみたり、一人じゃんけんをしてみたり、といったものも考えられます。

その他にも考えられる限りの方法を駆使して、一時的に「気持ちをそらす」ということを身に付けておくと、様々な場面で役に立ちます。でも、先に言ったように、「泣くということ」は大切なことです。この人間の生き生きとした心の動きを遮らないようにしながら、うまく感情を発散させることが重要です。「泣く時間」「泣いてもいい時間」を意識的に作ってみることも有効です。

では最後に、「泣くということ」をシニカルに表現した思想家の言葉を以って締め括りたいと思います。こういうクスッとするような言葉に触れることも、「気持ちをそらす」という方法に含まれるかもしれません。フランスの哲学者のヴォルテール(Voltaire)の言葉です。

「男がありとあらゆる理屈を並べても、女の一滴の涙にはかなわない」

この名言に肯いている男性も多いと思いのでは? 何だか最後は本論から外れてしまいました。とはいえ、言いたいことはただ一つです。泣きたいときは泣いてくださいね。

2012年4月10日 (火)

有料電話カウンセリングのお知らせ

有料電話カウンセリングのお知らせ

Veritas corporation ANRI 心理臨床教育研究室では、この度、電話カウンセリング事業部門に、これまでの無料電話カウンセリングに加えて、有料電話カウンセリングを追加しました。相談したい日時にお待ち頂くことなく確実に電話相談ができるという予約方式を採用したサービスです。

◆料金 3回利用できる3回セット料金…1万円

◆1回あたりのセッション時間…基本的には1回60分(時間を超過しても追加料金は一切戴きません)。

◆ご利用の流れ

①当社メールアドレス(ヴェリタス・ライン)に利用希望の旨を書き、第3希望まで、予約したい希望日時を記入して送信してください。
「件名」には「有料電話カウンセリング申し込み」と明記のうえ、本文に上記内容を記入してください。

例) 件名:有料電話カウンセリング申し込み

      
本文:有料電話カウンセリングを希望します。
            
第1希望 4月1日(日)11:00
       第2希望 4月3日(火)14:00
            
第3希望 4月6日(金)22:00
   氏名:○○○○ メールアドレス:○○@○○○○

*注 メールアドレスは個人使用のものを利用ください。企業、団体などは受け付けません。

②当社の担当者(臨床心理士)の日程を調節して、希望日時の中で予約可能日時をメールで返信いたします。同時にID番号を発行します。

③その日時でご承諾の場合は、その旨、メールで返信してください。

例) 4月1日(日)11:00 予約します。
    
氏名:○○○○ ID番号:○○○○ 
    
メールアドレス:○○@○○○○

この時点で、有料電話カウンセリングの利用規約に同意したものと見なします。

④当社から料金振り込み先とご入金方法のメールを送信します。お振り込みが確認された後(前払い制)、予約した日時をお守りのうえ、お客様の方からお電話ください。ご利用のとき、ご本人様確認のため、お名前とID番号をお訊きしますので、ID番号をお手元に忘れずにご用意ください。
  

  取引銀行:三井住友銀行 口座番号:
1300076
  名義(加入者名):Veritas corporation
  *詳細はご利用が確定した場合にお知らせします。


◆利用規約

①匿名不可
②決定した予約日時の変更は受け付けません。
③予約時間を10分以上遅れた場合はキャンセルと見なします。
④キャンセルは有料電話カウンセリングを1回利用したものと見なします。
⑤一度振り込まれた料金はいかなる理由があっても返却いたしませんので、ご注意ください。
⑥振り込み手数料をご負担ください。

注)ご本人様確認のためID番号をご記入いただきますので、お手数ですが、最寄りの金融機関の窓口にて振り込み用紙でご入金していただくことになります(ATM等による振り込み不可)。振り込み用紙の領収書(お客様控え)はお手元に大切にお持ちください。

⑦通話料はご自身がお使いの電話会社の規定料金をご負担ください。
⑧電話カウンセリングという制約された性質上、出来得る範囲内の対応であることをご留意ください。
⑨単なる話し相手(コミュニケーションの練習など)としてのご利用はお受けしますが、心理カウンセリングとして常識の範囲内でふさわしくない内容は受け付けません。当社の方で通話を切断いたします。その場合でも、一度振り込まれた料金は返却いたしません。
⑩カウンセラーの指名は受け付けません。
⑪カウンセラーの都合により(病欠など)、予約日時にお電話を受けられないときは、代替日のご案内をお送りします。
⑫電話カウンセリングは有料無料に関わらず、自己責任において行なってください。当社では一切の責任を負いません。

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当社はご利用者様から提供いただいた個人情報については、個人情報の取り扱いに関する法令・規定に則り厳正に管理します。また、ご相談内容に関しても、臨床心理士の倫理規定により守秘義務を遵守します。

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相談には臨床心理士が対応いたします。臨床心理士(準国家資格)とは、臨床心理学に基づく知識や技術を用いて、人間の「こころ」の問題にアプローチする心の専門家のことを言います。とはいえ、「こころ」の問題は容易に解決できるものではありませんので、すべての相談に対して必ずしもご満足のゆくように役立つことができるわけではありません。けれども、問題解決に向けて親身になってご相談をお受けします。

Veritas corporationが提供する社会奉仕を目的とした低料金のサービス事業ですので、お手続きが面倒なところはありますが、上記の規約に同意できる方のみ、自己責任においてご利用ください。

開催日時の制約はありますが、無料電話カウンセリングはそのまま継続いたしますので、お電話がつながるまで待つのが面倒でない方は、そちらも規約をお守りのうえ、ご利用ください。

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2012年4月 5日 (木)

道徳性発達理論と向社会的行動の発達について

道徳性発達理論と向社会的行動の発達について

「道徳性」という言葉の定義はとても難しいのですが、あえて言えば、「善い」「悪い」「正しい」「間違っている」というような判断、あるいはもっと大袈裟に言ってしまえば、その個人の持つ「信条」「哲学」(フィロソフィー)のようなものを示します。その「道徳性」(善悪の判断など)は、幼児期から次第に形成されてゆきます。この判断の基準になるものは年齢と共に変わるので、その結果として生じる行為も変化します。ローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlbergは、ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)の認知発達理論の影響を受け、道徳判断の発達に関する思考過程を詳細に検討して、有名な「道徳性発達理論」を提唱しました。それは大別して3段階に分けられ、これらはさらに下位段階に分けられています(道徳性発達の6段階)。では、それらの内容を簡単に見てゆきましょう。

水準Ⅰ 前慣習的水準

段階1 罰志向…罰を回避するために規則に従い、力のあるものに盲目的に服従する。
段階2 報酬志向…報酬やよい見返りを受ける目的で同調する。正しい行為は、自己と他者相互の利益を満たすため、道具として損得勘定で用いられる。

水準Ⅱ 慣習的水準

段階3 よい子志向…人々の非承認を避けるために同調する。善い行為とは、他者から肯定されるために、他者を喜ばせたり、助けたりする行為であり、「善良である」という態度を取ることによって是認を受ける。
段階4 権威志向…義務不履行について権威の非難や罪悪感を避けるために規則を支持する。正しい行為とは、義務を果たすこと、権威への尊重を示すこと、すでにある社会秩序を維持することである。

水準Ⅲ 後慣習的水準

段階5 社会接触志向…仲間への尊敬と自尊心を確保するための原理が支持される。正しい行為とは、社会にある価値観や見解を相対的に吟味して、社会との自由な同意と契約に従って行動することである。
段階6 倫理原理への志向…行為は自分自身で選んだ倫理的原則によって導かれる。つまり、正しい行為とは、内なる「良心」の声に従った行為である。

7歳ないし、それ以下では、水準Ⅰ(前慣習的水準)に留まっており、13歳までに水準Ⅱ(慣習的水準)に達すると言われています。この水準Ⅱは、他者の目から見て「善い」とされる行為をする水準です。多くの人は(成人期を含めて)水準Ⅱを超えることがなく、最高の道徳水準である水準Ⅲ(後慣習的水準)の段階6(倫理志向)に達するためには、自らの倫理的原則を抽象し得る能力(多くの物事や具体的な概念から、それらに共通の属性を取り出して、これを一般的な概念として捉えること)を持つことが必要となります。

さて、こうした道徳判断は、あくまでも「認知」(思考)の問題に留まりますが、これを道徳的実践(道徳行為)に結び付ける場合には、向社会的行動(prosocial behaviorの発達を考えることが重要になります。この向社会的行動とは、外からの報酬を期待せずに、人を助けたり、人の役に立つことを自発的に行なうことを言います。この行為には自己犠牲、損失、危険などが伴います。向社会的行動とは、愛他的行動、あるいは「思いやり」の行動のことであり、自分のものを分けてやること(分配)、困っている人に援助の手を差し伸べること(援助)、または公共機関や慈善団体に寄付すること(贈与)などが含まれています。向社会的行動は、2歳くらいから芽生えると言われます。彼らは攻撃し合う反面、玩具などを分け合うこともできて、わずかながらではありますが「共感」も現われ始めるとされています。特に34歳児は、怪我をした人などに対して「共感」を持つことができると言われています。

向社会的行動の発達を規定する有力な要因の一つは家庭教育です。向社会的行動は、親の腕力や威力で子どもを統制する教育や、愛情の除去による「しつけ」を手段とする教育よりも、いっぱいの愛情を持って、子どもに物事をわかりやすく説明して納得させる教育(子育て)を受けた子どもに、発達が著しいとされています。とはいえ、最も重要な学習の機会は、親(おとな)の向社会的行動を子どもに観察させ、これをモデルとして、子ども自身にこれを実行させることによって与えられると言えます。つまり、まずは大人が向社会的行動の見本を示すことが最重要ということですね…。

2012年3月31日 (土)

カントの哲学 ―希望の未来―

カントの哲学 ―希望の未来―

ドイツの哲学者イマヌエル・カント(Immanuel Kantの主著に『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』という本があります。ここで使われている「批判」という言葉は、一つの立場から、いたずらに自分の主張に固執して、他の意見を排斥するということではありません。あらゆる立場を考え、広い視野を持って客観的で柔軟な思考を駆使して、そのものの長所や短所を出来得る限り正確に理解したうえで、自分の主体的な意見を主張するということです。カントは、それまでのヨーロッパ近代の哲学思想で対立的に存在していた「経験論」(デビッド・ヒューム=David Hume)と「合理論」(ルネ・デカルト=Runè Descartes)という2つの流れに、真の意味の批判を加えて、新しい哲学を築きました。

このカントの哲学は道徳性や倫理学に深く言及しています。例えば、「善とは何か」を問いかけるとき、「勇気」というものを考えてみます。一般的に「勇気」というのは望ましいもの(=善)と考えられていますが、一方で、会社のお金を横領したりする大胆な行動をするといった「勇気」や、自ら死んだりする「勇気」のことを、私たちは「善」とは言いません。つまり、「勇気」というのは無条件に「善」なのではなく、「善い意志」(=善意志)によって導かれた場合のみ、「善」であると言うことができます。

では、「善意志」という場合の「善い」という意味はどういうものでしょうか。これに対してカントは、「意志が道徳法則に適って作動したときに善意志といえる」と言っています。とすると、今度は「道徳法則とは何か」ということを考える必要が出てきます。
カントが挙げている「道徳法則」の要因は2つあります。それは次のものです。

普遍妥当的なもの
必然的性格を持つもの

「普遍妥当的なもの」というのは、例えば、10年前は正しかったとされることが現在は正しくないといったものや、日本では通用するけれども海外では通用しないといったことではなく、いつどこでも当てはまる法則のことを言います
「必然的性格を持つもの」というのは、「もし誠実でありたいと思うならば、あなたがお気に召すままに、誠実な行ないをしなさい」という気ままなものではなく、「絶対に必ず誠実でなければならない」という必然的な命令のことを言います
そして、この2つの条件を兼ね備えている法則は、無条件に「~しなさい」(定言命令法)という形式を持っています。「もし~ならば~しなさい」という形式(仮言命令法)ではありません。すなわち、「もし幸福になりたいと思うならば、誠実でありなさい」というように、「幸福になる」という条件を設定したときにのみ、「誠実になる」という行動が必要とされることは「道徳法則」ではなく、ただ無条件に「誠実でありなさい」という形を取るのが「道徳法則」であるというわけです。そして、カントは「道徳法則」という至上命令は、自己の良心の命令なのだと言います。なので、カントはそういう「道徳法則」に従う場合、嫌々従うのではなく、「道徳法則への尊敬の念から自発的に従う」ということを重要視しています。

例えば、三浦綾子さんの『氷点』という作品には、沈みゆく船の中で、救命具の紐が切れて泣いている少女に対して、自分の救命具を与えて自分は水死するという宣教師の崇高な姿が描かれています。宣教師は「汝の身命をかえりみず、目の前の子どもを救え」という良心の声(神様の声)に従ったわけです。私たち人間の心の中には、欲望の命令崇高な良心の命令2つが共存しています。崇高な良心の命令というのは、「あなたはなすべきであるゆえに、なすことができる」という良心の義務を呼びかける声に他なりません。その声の主体こそ、社会的地位や教養のあるなしに関わらず、人間である限り、どんな人間でも持っているものです。これをカントは「人格」と呼んでいます。その「人格」があるがゆえに、カントは「人間は事実の世界のみに住んではいない。叡智界(えいちかい)の住民でもある」というように人間解釈をしています。

また、人間はそういう崇高な「人格」を持っているがゆえに、「人間はすべて平等であり、かつ尊厳に値する」と、カントは述べています。そして、「あなたの人格であれ、あらゆる他人の人格であれ、その人間性を常に尊敬の目的として同時に取り扱い、決して単に手段としてのみ取り扱うことのないように行動しなさい」と説いています。これこそ、カントの有名な人格主義倫理の主張です。

カントは「自分には道徳を、そして他人には幸福を」と言って、自分を厳しく律して、他人にやさしい生き方を勧めました。そのため、カントの道徳説はたいへん厳しい教えであるとされ、彼の道徳説は厳格主義だと言われます。

カントの墓碑銘は「それを考えることしばしばにして、かつ長ければ長いほど、常にいよいよ新しく、またいよいよ加わりくる感嘆と畏敬の念を持って、心を満たすものが2つある。我が上なる星の輝く空と、我が内なる道徳法則である」というものです。そして、カントがこの世に残した最期の言葉は「もうこれでよい」というつぶやきであったと伝えられています。

イマヌエル・カントという人は、自分の人生を精一杯生きた偉大な人物だと思います。

さて、今、東日本大震災を経験した我々は、お互いに助け合い、この経験を決して忘れることなく、息の長い支援の輪を広げてゆくことが必要とされています。そのためには、善意のボランティア活動が必要不可欠です。「絆」という言葉を大切にして、新しいコミュニティーを作ることが求められています。ところが、時間が経つに連れて「絆」という言葉に対して、その成り立ちから本来の意味を裏打ちして揶揄(やゆ)したり、もう「絆」という言葉は聞き飽きたという人の声が少なからず感じられます。また、大震災後に国内外からボランティアが集まった昨年5月のピーク時には、1日に1万人が被災地へ入ったのですが、現在は1500人程度までボランティアが減っていると聞きます。そんな今こそ、カントが主張するように、私たちは「道徳法則」という自己の内なる崇高な良心の声に従って行動することが無条件に必要です。一時期の盛り上がりで終わらせず、相手を思いやるイマジネーションを働かせ、気持ちを共有することが重要です。そこに自発的に生まれてくる「奉仕の心の芽吹き」を現実の行動として実践するためには、自分の中で犠牲を払うことを覚悟しなければなりません。お金や時間を自分のために使うのではなく、自分の時間を無条件に寄附することになるからです。また、無情な現実ではありますが、自らが捧げる「奉仕」(ボランティア)に対しての偏見や蔑みにも耐え忍ばなければなりません。そうしたことを踏まえた謙虚な献身が、マザー・テレサが示したような『本物の愛』につながります。「私はなりたい」という言葉が強い力となります。今、子どもたちが「人の役に立ちたい」という将来像を心に描いています。それが実際の行動に移されたとき、「自ら高ぶる者は下げられ、自らへりくだる者は上げられる」(マタイによる福音書 第2312節)ようになり、「先にいる多くの人が後になり、後の人が先になるであろう」(マルコによる福音書 第1031節)ことになると思います。そこに希望の未来が拓けてくると思います。
おそらく、カントは改めて言うでしょう…。

「あなたはなすべきであるゆえに、なすことができる」

あるいは新約聖書から…。
「何事でも、人から自分にしてもらいたいと望むことを、人にもしてあげなさい」(マタイによる福音書 第712節)

何もできないと思い悩むのであれば、すべての人のために祈りましょう。希望の未来のために…。

2012年3月28日 (水)

茨城へ行ってきました

茨城県へ行ってきました…happy01
まず、筑波山の梅林を観賞して「梅まつり」を楽しみました…cherryblossom


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その後、水戸ドライブインで地場産のお土産を買ったり…present
「がんばっぺ」というのが、この地域の方言なのですね…ribbon
応援するためにエシカル消費をしました…heart04

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日本三大名園の「水戸偕楽園」へ行って…sun

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これまた「梅まつり」を観賞して…cherryblossom

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アレッ、黄門様だ! 助さん、格さんの代わりに、着物姿の娘さんたち…virgo
ちょっぴり写真を編集しています…あしからず…bleah

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海岸沿いの大洗まで足を延ばして、かねふくの「めんたいパーク」で工場見学をしたり、明太子を試食したり、試食したり、さらに試食したり…美味しくて、美味しくて、ああ美味しくて…自動販売機のドリンクも無料でした…もう感激です…heart01

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日本三大稲荷の一つと言われる「笠間稲荷」にも行ってきました…notes

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凛々しくたたずむキツネさん…コン!

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と、茨城ルポを載せましたが、実際のところ、目を引いたのは震災による爪痕でした。茨城も被災地ですので、半倒壊したままの古い家々や、クラック(ひび割れ)がひどく、空き店舗となっている数々の無人の建物、液状化した道路の補修工事の現在進行形…何だか人口が流出してしまったような印象を受けました。「水戸偕楽園」にも震災の影響のため立ち入りできない区域がありましたし、「めんたいパーク」や「笠間稲荷」には震災によってダメージを受けた当時を記録した痛々しい写真が掲げられていました。「がんばっぺ、茨城」「がんばろう、日本」と、2つの言葉が並べて貼り紙されていたのが印象的でした…sign03

「梅が咲いたら春一番」shine

画像をクリックすると別ウィンドウで拡大します…heart02

2012年3月22日 (木)

孤立死を考える ―生命をつなぐこと―

孤立死を考える ―生命をつなぐこと―

昨今、東京(立川市)や埼玉(さいたま市)や神奈川(横浜市)といった首都圏などで、親子や家族が人知れず餓死していたという出来事が報道されました。地区を担当する民生委員は「もうちょっと踏み込んで接するべきだった」「もう少し地域のつながりがあれば」と心を痛めたり、交流のあった地域住民は「もっと頻繁に会っていれば救えたかもしれない」と肩を落としたりして、今までの対応について悔んでいるということでした。そうしたことを踏まえて、こうした、いわゆる「孤立死」の問題が取り上げられ、自治体は対策として「見守り」の強化を打ち出しています。「孤立死」が相次いだ北九州市は、20084月に「いのちをつなぐネットワーク推進課」を設置して、情報収集に努め、郵便や宅配業者などから協力を得ているそうです。東京都の石原都知事は「怪しいなと思ったら、入って確かめればいい。元気であれば『失礼しました、ちょっと心配だったので』と言えばいい」と語っています。

こうした対策の足を引っ張っているのは、いわゆる「個人情報保護法」という過度に神経質になった条例だったり、または「オレオレ詐欺」のような高齢者を狙った悪質な犯罪が横行していることが挙げられます。個人情報やプライバシーなどの難しい問題、あるいは犯罪抑止の問題が立ち塞がっていますが、今、どういう支援の方法があるのか検討されています。さらには、孤独な高齢者の軽犯罪も増えている現状において、メンタルケアの問題も避けては通れない問題です。また、メンタルケアの問題に関して言えば、被災地においてはもっと深刻な問題です。「老い」「孤立感」「後悔」「先の見えない将来」などによって、追い詰められた気持ちでいる人が少なくありません。「希望をもって」という綺麗事の励ましは通用しません。震災直後よりも、こうして1年くらいが経過したときの方が、危ぶまれます。「くたびれた…」という気持ちなのではないでしょうか。アウトリーチで心を紡ぐ努力をより一層続けなければなりません。簡単携帯を無償で提供して、24時間体制でNPO法人やボランティアを含めた公民協力のもと、声を届けることができたらいいのではないかと思うのですが…浅薄な考えでしょうか…。

さて、集合住宅の一室で家族が餓死しているのが発見されたという記事は、遠い昔のバブル絶頂期にもあったと記憶しています。当時、バブルとは真逆の生活を送っていた私は、ただ飯を奢ってもらいながら、こんな飽食の時代に餓死する人がいるという出来事を、ただ飯を奢ってくれている相手が「信じられない」といった様子で話すのを、およそ他人事(ひとごと)のように聞いていた記憶があります。まだ若かったんですね。

そんな私も年齢(よわい)を重ねる中で、安否(?)を心配されたことが2度ばかりあります。1度目は社会人を経てから再び学生生活を送ったときです。入学できたのはよかったものの、あまりにも大学院での勉強が大変で、講義のない日はほぼ1日中、食事を摂ることも忘れるくらい、部屋にこもって勉強していました。私は貯蓄がスッカラカンだったので奨学金をもらって何とか生活をしていました。けれども、それだけでは足りなかったので、恥ずかしながら郵便貯金の通帳を実家に置いてもらい、もしどうしてもピンチになったときは援助してもらいたいと頼んでいました。生活費など必要なお金は手元に持っているカードで郵便局から下ろしていたのです。ところが、私があまりにも大学院の勉強が大変で寝食を忘れていたものだから、私が実家に預けておいた通帳の額面が減らないことに、当時、まだ健在だった祖母が気づいて心配してくれました。ある日、祖母から電話があり、「おまえはお金を使っていないようだが、ちゃんと生活できているのか」という内容のことを訊かれました。そう言われて初めて私は「そうだな~」と気づき、正直に勉強が大変で部屋にこもりっきりだということを伝えました。すると祖母は、私が難渋していることを気にかけてくれて、大変だろうけれどもたまには美味しいものを食べて精を付けるようにと、お小遣いを振り込んでくれました。胸を打たれるくらい嬉しかったです。

また、もう1つは、父親の闘病生活の看病をするため、住んでいる部屋を長らく留守にしていたときのことです。東京と実家のある故郷を車で行ったり来たりしていたのですが、父親の闘病生活が絶望的だと知らされてから、なるべく父親の側にいようと思い、故郷に長居をするようになったのでした。マンションの管理人には事情を話して、部屋を留守にすることをその都度伝えていました。そんなある日、故郷から帰ってくると、管理人が私を呼び止めました。そして少し苦笑いを浮かべながら、「あなたの部屋の郵便物が溜まっているのを、他の部屋の住人や郵便配達の人が不審に思って心配していたよ」と言いました。エレベーターでも滅多に顔を合わせず、お世辞にも人付き合いがいいとは言えない自分のことを、どういう意味であれ、気にかけてくれる人がいたという事実を知って、大都会の無関心の中にいる私は何だかとても有り難く思いました。

こういうお話があります…。

マザー・テレサがメルボルンのある老人の家を訪ねたとき、近所の人は家の中にその老人がいることさえ誰も知りませんでした。老人の部屋はひどく散らかっていたので、マザーは掃除をしようとしました。すると、老人は「わたしはこれでいいんだよ」と言い張って、マザーが掃除することを止めたのだそうです。けれども、マザーが黙々と掃除を始めると、老人はあきらめたように「じゃあ、勝手にやってくれ」と根負けして、マザーが掃除する姿を素知らぬ顔で眺めていました。そうしてマザーが掃除を続けていると、マザーは部屋の中に素晴らしいランプが埃にまみれているのを見つけました。
「どうして、これを点けないのですか?」と、マザーが尋ねました。
すると老人は、
「誰のために点けるんだい? 誰もわたしに逢いに来ないんだもの、ランプは必要ないよ」と言いました。
マザーはそれを聞いて穏やかに問い返しました。
「シスターたちが訪ねてきたら、ランプを点けてくれますか?」
「ああ、人の声が聞こえたら、ランプを点けるさ」
老人はぶっきらぼうに答えました。
そして何日か経ったある日、その老人からマザーのもとへ伝言が届きました。
「あなたが点けてくれたランプは、いつまでも燃え続けています…」

超高齢化社会になると、人間は誰でもがそうなのですが、特に高齢者は一人では生きてゆけなくなります。なので、お互いが助け合いながら生活を営んでゆかなければなりません。そこに高齢者の新しい形の「つながり」ができて、サロンや茶話会といったコミュニティーの場が形成されると思います。私たち年配者(?)は人生経験から得られた「善の道」(叡智=えいち)を行進に伝える義務があると思います。非常にしばしば、それは歓迎したくないような人生経験であったり、忘れてしまいたいような苦しみや悲しみであるかもしれません。けれども、それらをひっくるめて、かけがえのない個人の歴史です。それに、実際のところ、そういう艱難辛苦(かんなんしんく)から得られる「気づき」こそ、後で振り返ってみれば、尊い経験であることの方が多いと言えます。そうした人生経験を伝えることが、真の意味での未来に対する「財産」であり、子々孫々への「伝承」です。そのためには、お節介になる必要があると思います。語弊があるにせよ、少なからずのお節介はおおいに焼いた方がいいと思います。

アメリカの医師であるパッチ・アダムスのようなクラウン(ピエロ=道化師)的なユーモアを持って、昭和のオバサンのようなお節介を焼くことが、社会的弱者や高齢者を含めた「人間」にとって重要なキーワードになるのではないかと思います。それが「親身になって考えること」「他者を本当に愛すること」につながると思います。

マザー・テレサは物質的貧困のみならず、精神的貧困、つまり誰からも必要とされないという無関心に苦しむ人々にも愛の手を差し伸べました。マザーは目の前で苦しんでいる一人ひとりの人の中に「私は渇く」(I THIRST)と叫ばれるキリストの姿を見て、尊敬の念を持って喜んで奉仕しました。

「あなたがたによく言っておく。これらのわたしの兄弟、しかも最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしたのである」
(マタイによる福音書 第2540章)

生命をつなぐために「見守り」「アウトリーチ」「無償の愛」など、考え得る限りの方策を用いて、少しでも希望の感じられる未来を子々孫々のために築いてゆきたいものです。

2012年3月20日 (火)

伊豆へ行ってきました

伊豆へ行ってきました。
ちょっとタイムラグがありますが、なんちゃって紀行をお贈りします…happy01

まずは海老名SA(サービスエリア)にて名物を…heart04

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そして沼津でお寿司を食べて…delicious

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『伊豆の国パノラマパーク』で、ゆるキャラの「パンパカパンツ」と出逢い…bleah

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駿河湾をミニクルーズしてみたり…catface

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『だるま山高原ハウス』に立ち寄ったり…confident

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『修善寺梅林公園』を散策してみたり…wink

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イチゴを食べて休んだり…bleah

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御殿場の『時之栖(ときのすみか)』でイルミネーションを見たり…lovely

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初めての伊豆旅行を楽しみました…happy01

画像をクリックすると別ウィンドウで拡大しますheart04

«こころを元気にする読書 ―本を読もう!―